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【2012.4.18】去る4月6日、ひろちゃんこと、宮崎廣子は94年の人生を終え、穏やかに旅立ってゆきました。詳しくはブログに綴っております。そして、本日付の朝日新聞にインタビュー記事を掲載していただくことになりました。年齢を重ねるごとにたくさんの方に祝福していただいた、ひろちゃんの人生に深い感動を覚えるとともに、いつも、どんな瞬間も、健気に生きる、静かな情熱の女性であったなと日を追うごとに実感が湧き上がります。私もそのような人生でありたい、と憧れます。皆様のあたたかな励まし、共感に支えられて私共家族も今日を迎えることができました。心より感謝申し上げます。介護を通して知りあうことができた方々、このすばらしい出会いこそ私の宝物です。きっとこれからも、目の前の愛する人のために尽くすことしかできない私ですが、これまでの経験が少しでも皆様のお役に立ち、活かされて行くよう取り組んでまいりたいと思います。
【2012.1.13】新しい年の始まり、廣ちゃんは健やかに94歳へと歩みを進めています。私共家族も新しい歩みを始めています。介護卒業に向けた準備です。今まで廣ちゃんケア優先だった部分を少しづつアレンジして特に私はケアそのものからはだいぶ離れるようになりました。その代り父と母が昼間のケアを夜は妹のかのちゃんが頑張っています。私が患者家族代表という使命をいただいて3年目を迎えるのが今年です。これまで素晴らしい多職種の先生方と出会わせていただき、私自身の果たすべき役割というものがおぼろげながら見えてきて、そしてさらに一歩踏み込んで展開していくそんな時期が近付いているようにも感じ…何にせよ患者家族代表という活動を継続的に発展させて多職種連携の一助となっていきたいという思いは、私の人生の柱であることは間違いないのです。今年から私の活動を記録、報告するための場として新たにブログをスタートさせることにしました。さかのぼって過去の記録も投稿していきたいと思っています。
【2011.10.5】退院から丸3年が過ぎました。100歳を目指して新しい家に引っ越して早9ヶ月。ひろちゃん人生初の肺炎を経験しそして治った春。身体機能は低下して、でも復活もして、コツコツと前進する姿は本当に愛らしい!そのおかげで新しい家でも新しい歴史と思い出が紡がれています。
そして、11月3日には東京都庁で新たな講演の機会をいただきました。ひろちゃんの代理でお話しさせていただきます。
【2010.8.19】脳出血で倒れた日から丸2年が過ぎました。思い返せば、目が止まったままの1年目、目と舌で意思表示をするようになった2年目、
どんな3年目が迎えられるでしょうか???
例えば、話しかけ続けたこと。最初の1年は完全に無反応、でもちゃんと届いて刺激になっていたのですからその甲斐はあったのです。話しかけ方のコツは「気持ちの代弁」。ひろちゃんに成り代わって、激しく、情熱的に語り続けてきました。
だってしゃべれないんですもの!しゃべりたいよね、誰よりも。 そして夢を語ること。定番は…「良い季節になったら、おにぎり作って、卵焼き焼いて、水筒にお茶を入れてみんなでゴザ持ってピクニックに行こう!ゴザしいてみんなで一緒に食べよう!」
♪「あら、いいわねぇ〜」という返事が聞こえてくるようです。なぜなら、YES!の時は鼻の頭をなめてくれるから!
【2009.10.3】介護の生活が始まって10年以上が経ち、在宅家族リハビリから1年、訪問医の久保信彦先生より「豊島区在宅医療推進会議」で体験談発表のお話をいただき、15分のスピーチ原稿を作ることになりました。さらにその講演を聴いてくださっていた順天堂大学の田城孝雄先生から勇美記念財団の体験談コーナーをご紹介いただき、講演原稿を掲載するためのサイトをオープンすることにいたしました。
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