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since 2009.10.3 → 2012.4.18Mail

2025年という在宅介護元年と本気で向きあおうとするとき、希望と悲惨のどちらがふさわしい言葉なのでしょうか。
かつて戦後が終わったという言葉がニュースに載った日がありました。巨大な敗戦ゆえの巨大な反動、そのバネの勢いで生まれたバブル成長。家族という一番小さな単位のコミュニティを成熟させ機能させることの大切さと難しさを置き去りにして「暮らす」ことを捨ててしまった国が先進国とは腑に落ちない。そんな思いがあったから眼前で虚ろに佇むひろちゃんの未来を誰よりも輝かせてみたいと思ったのです。 私にとって未来はいつも希望。もしも悲惨が来ても必ず希望を作る。そんな風に思います。私の仕事は作ること。人形だって、料理だって、希望だって、作れるものは何でも作ります。日本人ですもの! だから、 「たのしいおうちかいご」 の文化が広まり、日本が世界を席巻する日が来たら、それが本当の戦後の幕が降りた日だと思うのです。 

 宮崎 詩子 Utako Miyazaki 

1976年東京都豊島区に生まれる。
有限会社竹取物語代表として1998年頃より本業の人形教室・人形制作の傍ら、祖母の認知症介護のキーパーソンとして、『在宅での楽しく文化的な介護の環境づくり』や『認知症との人間的なコミュニケーション方法』を模索する。
脳出血後の在宅リハビリではPEGを活用した嚥下機能回復に成功、2009年豊島区在宅療養推進会議(豊島区医師会)の講演会にて『患者家族の視点から在宅リハビリの様子』を講演。
その後、豊島区在宅療養推進会議委員(’10〜’11)
2010年より東京都在宅療養推進会議委員。

・活動報告ブログ>>>みやざ樹 詩子のしあわせ介護 (外部リンク)

・みやざ樹 詩子の人形サイト>>>
アトリエ・カーノ
(外部リンク)

講演記録(発表内容詳細はブログで公開)
 
2009.10. 3 豊島区在宅療養推進会議講演会「家族の在宅介護を経験して」
 2011. 6.25 NPO法人東京都介護支援専門員研究協議会第3回研究大会「家族がチームの核になる日」
 2011.11. 3 第3回東京都在宅療養推進シンポジウム 東京都医師会・東京都共催
        「認知症90歳脳出血、ターミナルを危惧された在宅患者と家族」 

 宮崎 廣子 Hiroko Miyazaki

大正7年京橋区銀座に生まれる。

(ひろちゃんの視点で綴ったブログ・更新終了)

この写真は脳出血をする前の
ゆかいな認知症時代のお気に入りショッ

【2012.4.18】去る4月6日、ひろちゃんこと、宮崎廣子は94年の人生を終え、穏やかに旅立ってゆきました。詳しくはブログに綴っております。そして、本日付の朝日新聞にインタビュー記事を掲載していただくことになりました。年齢を重ねるごとにたくさんの方に祝福していただいた、ひろちゃんの人生に深い感動を覚えるとともに、いつも、どんな瞬間も、健気に生きる、静かな情熱の女性であったなと日を追うごとに実感が湧き上がります。私もそのような人生でありたい、と憧れます。皆様のあたたかな励まし、共感に支えられて私共家族も今日を迎えることができました。心より感謝申し上げます。介護を通して知りあうことができた方々、このすばらしい出会いこそ私の宝物です。きっとこれからも、目の前の愛する人のために尽くすことしかできない私ですが、これまでの経験が少しでも皆様のお役に立ち、活かされて行くよう取り組んでまいりたいと思います。

【2012.1.13】新しい年の始まり、廣ちゃんは健やかに94歳へと歩みを進めています。私共家族も新しい歩みを始めています。介護卒業に向けた準備です。今まで廣ちゃんケア優先だった部分を少しづつアレンジして特に私はケアそのものからはだいぶ離れるようになりました。その代り父と母が昼間のケアを夜は妹のかのちゃんが頑張っています。私が患者家族代表という使命をいただいて3年目を迎えるのが今年です。これまで素晴らしい多職種の先生方と出会わせていただき、私自身の果たすべき役割というものがおぼろげながら見えてきて、そしてさらに一歩踏み込んで展開していくそんな時期が近付いているようにも感じ…何にせよ患者家族代表という活動を継続的に発展させて多職種連携の一助となっていきたいという思いは、私の人生の柱であることは間違いないのです。今年から私の活動を記録、報告するための場として新たにブログをスタートさせることにしました。さかのぼって過去の記録も投稿していきたいと思っています。

【2011.10.5】退院から丸3年が過ぎました。100歳を目指して新しい家に引っ越して早9ヶ月。ひろちゃん人生初の肺炎を経験しそして治った春。身体機能は低下して、でも復活もして、コツコツと前進する姿は本当に愛らしい!そのおかげで新しい家でも新しい歴史と思い出が紡がれています。 そして、11月3日には東京都庁で新たな講演の機会をいただきました。ひろちゃんの代理でお話しさせていただきます。

【2010.8.19】脳出血で倒れた日から丸2年が過ぎました。思い返せば、目が止まったままの1年目、目と舌で意思表示をするようになった2年目、 どんな3年目が迎えられるでしょうか???
例えば、話しかけ続けたこと。最初の1年は完全に無反応、でもちゃんと届いて刺激になっていたのですからその甲斐はあったのです。話しかけ方のコツは「気持ちの代弁」。ひろちゃんに成り代わって、激しく、情熱的に語り続けてきました。 だってしゃべれないんですもの!しゃべりたいよね、誰よりも。  そして夢を語ること。定番は…「良い季節になったら、おにぎり作って、卵焼き焼いて、水筒にお茶を入れてみんなでゴザ持ってピクニックに行こう!ゴザしいてみんなで一緒に食べよう!」 ♪「あら、いいわねぇ〜」という返事が聞こえてくるようです。なぜなら、YES!の時は鼻の頭をなめてくれるから!

【2009.10.3】介護の生活が始まって10年以上が経ち、在宅家族リハビリから1年、訪問医の久保信彦先生より「豊島区在宅医療推進会議」で体験談発表のお話をいただき、15分のスピーチ原稿を作ることになりました。さらにその講演を聴いてくださっていた順天堂大学の田城孝雄先生から勇美記念財団の体験談コーナーをご紹介いただき、講演原稿を掲載するためのサイトをオープンすることにいたしました。

ブログでも一部重複して掲載しています

ショートストーリー
 「1日が24分になる日。」 知ってほしい家族の目線
認知症ってどんな人
 「言ってはいけないひとこと、ふたこと。」 認知症の理論
 
カイゴの気持ち
 「介護見舞いの手土産」 励ましの気持ちにはリボンを
コラム
 「カイゴカルチャー」 幸せな時間は少しずつ積み重なる
夢の構想1
 「ホームケア・カウンセリングホテル」3億円あったらできるかな? 

 

お世話になった先生方・専門機関 (書ききれていません…)

勇美記念財団 体験談のページに掲載していただいております
PEGドクターズネットワーク このサイトを見てPEGのことを知りました
生活とリハビリ研究所 三好春樹先生の本はとても役に立ちました

あずま通りクリニック 久保信彦先生
豊島区時代の主治医
中村クリニック 中村健先生川崎市多摩区の主治医
悦伝会 目白病院 脳外科 粟屋 栄先生 
部坂耳鼻咽喉科医院 部坂弘彦先生
訪問看護師 平野綾子さん(セントケア豊島訪問看護ステーション)
ケアマネージャー 村山玲子さん(セントケア豊島
指圧・鍼灸師 欠瀬隆典先生(らっく予防医学研究所)

順天堂大学大学院 田城孝雄先生(豊島区在宅療養推進会議座長)
札幌市立大学看護学部 村松真澄先生
(大学の授業で紹介してくださいました)
法山会 山下診療所 山下 巖先生
関西大学 馬場昌子先生